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福岡高等裁判所 昭和58年(う)786号 判決 1984年9月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官長澤潔が差し出した控訴趣意書(久留米区検察官事務取扱検事古川純生作成)に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は要するに、原判決は、本件公訴事実につき、被告人が大型貨物自動車を運転中、進路前方に停車していた田尻正男運転の普通貨物自動車の右後部に自車の左側部を追突させた事実は肯認されるものの、その結果田尻に急性頸部捻挫の、同人運転車両に同乗していた西山健郎に頸椎捻挫の各傷害を負わせた事実を認めるに足る証拠はないとして無罪を言い渡したが、右は証拠の取捨選択及びその価値判断を誤った結果事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取り調べの結果を併せて検討するに、関係証拠によると、本件公訴事実は優にこれを認定することができる。すなわち、

関係証拠によると、(一)自動車運転手である被告人は、昭和五六年一月二一日午後一一時三〇分ころ、家具二ないし三トンを積載した大型貨物自動車(車長一一・八メートル、車幅二・四メートル、車高三・七メートル、車両重量九・五四トン)を運転して国道二号線を東進中、広島県福山市西町一丁目九番六号広島トヨペットマイカーセンター前の片側三車線の道路に差しかかり、その中央車線(幅員三・五メートル)に信号待ちのためサイドブレーキを軽くかけて停車していた田尻正男運転の普通貨物自動車(車長六・七メートル、車幅二・一メートル、車高二・一四メートル、車両重量二・七トン、積み荷なし)の後方約五・五メートルの地点に一時停止したが、尿意を催したため、信号待ちの間に自車を先行車がいない右側の第三車線(幅員三・一メートル)に進出させておいて、できるだけ早く発進しようと考え、ローギヤで発進し、ハンドルを右側に転把しつつ時速約五キロメートルの速度で進行したところ、田尻運転車両との側方間隔を保たなかった過失により、約一〇メートル進行した地点において、自車左側中央部付近を田尻運転車両の後部右側角に衝突させたこと、(二)右衝突により、田尻運転車両の荷台の両側に直径三センチメートルの鉄パイプを縦、横に組み、内側から木の板で押さえた補助枠のうち、右側後部のパイプが折れ曲がり、木の板が破片状に損壊したうえ、右後部荷台角に塗料が剥がれる程度の凹損を生じ、被告人運転車両のアルミ製ボディの左側中央部に設置された扉を固定するために取り付けられた直径三ないし三・五センチメートルのアルミ製パイプが「くの字」に曲がり、ボディ左側を車両前部五・四メートルのところから約一・五メートルにわたり、幅一ないし二ミリメートルの凹損を生じたこと、(三)右衝突時、田尻運転車両の助手席には西山健郎が同乗していて、田尻が顔を左側に向け、西山が顔を右側に向けて二人で話をしていたが、両名とも右事故による身体の異常を感じなかったため、被告人から後日車両損壊の補償をしてもらうことで合意し、警察官に対する事故の届出をしないまま別れたこと、(四)西山は、右事故の翌日、岡山県倉敷市内の安原病院に赴き、安原弘医師に対し、三トン車に乗っていて一〇トン車から追突されたとして頭及び首から肩にかけての痛み、両手のしびれを訴えて診察、治療を依頼し、同病院におけるレントゲン撮影の結果からは異常が認められなかったものの、同医師が西山の頭を動かしたところ、同人が強い痛みを訴えたことなどから頸椎捻挫と診断され、同病院に同年一月二三日から同年六月四日まで入院、同月五日から一五日まで通院して、頸部の湿布、ビタミン剤の注射、首の牽引、電気治療などの治療を受け、右同日全治したと診断されたこと、(五)田尻は、右事故から六日後の同年一月二七日、安原病院に赴き、安原医師に対し、追突事故により、右首に痛みを生じ、手が腫れるような感じがすると訴えて診察、治療を依頼し、西山と同様レントゲン撮影の結果からは異常が認められなかったが、同医師から首を動かされて強い痛みを訴えたことなどから急性頸部捻挫と診断され、同日から同年四月一五日まで同病院に通院して頸部の湿布、鎮痛消炎剤の注射、電気治療などの治療を受け、右同日全治したと診断されたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠は存しない。

ところで、原審証人木田浩隆の供述によれば、頸椎捻挫もしくは頸部捻挫とは、急激に前方あるいは後方からの力が加わって、頸椎が過伸展の状態から元に戻り、次いで過屈曲の状態になる、すなわち、頸椎がしなうことによって生ずる傷害であることが認められるところ、本件衝突事故において、西山と田尻の両名に対し、かかる傷害を生じさせる程度の衝撃が加わったか否かについて検討するに、前記(一)、(二)の事実によると、本件事故は、被告人運転車両のボディ左側中央付近が田尻運転車両の後部右側角に衝突したというものであり、その際、被告人運転車両ボディ左側中央部付近のアルミ製パイプが田尻運転車両の後部右側角にひっかかった状態となって、被告人運転車両の加速度が田尻運転車両に加えられたと認めるのが相当であり、当審証人久保省蔵の供述及び同人作成の鑑定書によれば、形状及び重量が本件両車両に近似した車両を用い、普通貨物自動車のサイドブレーキを軽くかけて停車させ、その後部右側角に鋼索の一端を結び、右車両の右斜め前方に大型貨物自動車を停車させ、たるませた状態の右鋼索の他の一端をその後部中央に結んだうえ、右大型貨物自動車を、本件事故の際被告人運転車両が進行したと推測される方向に向かって、時速五ないし八キロメートルの速度で進行させ、右鋼索が緊張した直後に大型貨物自動車を急停止させるという実験を行ったところ、普通貨物自動車は前方に二・二メートル、左方に一メートル移動し、右車両助手席に加えられた加速度は三・二gであったことが認められ、右事実に照らすと、本件事故の際、田尻運転車両の補助枠や被告人運転車両のボディ左側のアルミ製パイプの損壊などによって衝撃力(加速度)がある程度吸収されていること、本件事故と右実験における車両の重量や進行方向の相違を考慮に入れても、本件事故によって田尻運転車両が前方に移動したとの原審証人田尻正男及び同西山健郎の各供述は信用することができ、以上の各証拠を総合すれば、田尻、西山の両名は、本件事故によって頸部(椎)捻挫の傷害を生ずる程度の衝撃を受けたと認めるのが相当である。してみると、本件事故後、頭から肩にかけて痛みを生じ、手がしびれ、あるいは腫れた感じになったとの原審証人田尻及び同西山の各供述は信用することができ、頸椎捻挫の中には他覚的に異常が認められない場合も多く、田尻、西山の訴える自覚症状は頸椎捻挫の症状と合致しているとの原審証人木田の供述、右両名の訴える自覚症状、首を他動的に動かした場合の反応、治療を受ける態度などから仮病とは考えられないとの原審証人安原弘の供述を総合すると、田尻、西山の両名は、本件事故によって頸部(椎)捻挫の傷害を受け、その治療のために前記(四)、(五)のとおり通院あるいは入院したと認めるのが相当である。

原判決は、(イ)田尻の司法警察員に対する昭和五六年一月二五日付供述調書中に「サイドブレーキを引いておりましたので前車には玉突きは致しませんでした。」との供述部分があることをもって、田尻運転車両が本件事故によって前方に押し出される程の衝撃は受けていないことが推測でき、(ロ)原審証人尋問において、田尻は「五〇センチメートル前進したと思う。」と供述しているのに対し、西山は「約二メートル前進したと思う。」と供述しており、その差異が著るしいことに照らして右各供述はいずれも信用性が低いと判示するが、(イ)「玉突きはしなかった」とは、単に前車に衝突しなかったことを意味するに過ぎないのであって、右供述部分から車両が押し出されなかった事実までは推測できず、(ロ)西山の原審証人尋問における供述中、車が約二メートル前進したとの部分はそれ自体不確かな表現であるうえ、その直後に、「距離は覚えませんが前進したことはまちがいありません。」と言い直しているのであって、その供述内容が田尻のそれと著るしく齟齬しているとみることはできず、従って、右両名の供述の差異をもってその信用性を否定することはできない。

さらに原判決は、(ハ)田尻と西山が安原医師に訴えた初診時の自覚症状について、原審証人尋問における田尻、西山と安原の供述に差異があり、田尻は昭和五六年一月二五日当時、既に西山が入院していた事実を知りながら、原審証人尋問において、同月二七日に安原医院に行って初めて同人の入院を知ったとの事実に反する供述をしていること、(ニ)西山は、原審証人尋問において、両手にしびれ感を生じたと供述するが、原審証人木田浩隆は、本件事故の際、西山が首を右に向けていたとすれば、右手の方にしびれ感が現われるべきであると供述し、また、同安原弘は、西山の症状は真後ろからの衝撃によるものと判断したとの本件事故の態様と異なる供述をしていること、(ホ)田尻は本件事故の六日後に安原医師の診察を受けているが、原審証人安原は、本件のような鞭打症で三、四日後に症状が現われることはないと供述していること、(ヘ)原審証人安原の供述によれば、西山の入院及びその長期化は、本人の希望が反映した結果であると推認されること、以上の事実に照らすと、田尻、西山の原審証人尋問における供述中、右両名が本件事故によって公訴事実記載の傷害を受けたとの部分はいずれも信用性に疑いがある、と判示するが、(ハ)田尻、西山の各原審証人尋問は、本件事故から一年三か月後になされたものであって、その供述内容がある程度事実と齟齬するのはやむを得ないものというべきであり、また、齟齬の程度も供述の信用性に疑いを生ずるほどに著るしいものとみることはできず、(ニ)原判示指摘の木田の供述部分は、真後ろからの衝撃の場合を前提としていると考えられるが、久保省蔵作成の鑑定書によれば、本件事故の衝撃は右斜め後方から加えられたことが認められ、かかる場合には頸部の右側や右手のみに症状が現われるとは限らないと推認され、してみると、木田の右供述部分をもって西山及び安原の供述が不合理であるということはできず、(ホ)原判示指摘の安原の供述部分は、「(鞭打症の症状)は五、六日後には出ないと思います。」「五、六日も経過して痛みを訴えるのを私は聞いたことがありません。」というものであって、同人の経験を述べたに過ぎないとみることができ、大学医学部の講師である木田は、原審証人尋問において、鞭打症の症状は、事故の翌日から二、三日後に出ることが多いが、その後に出ることもあると供述しているのであり、安原の右供述部分によって田尻の供述が不合理であるということはできず、(ヘ)原審証人安原の供述によると、西山の入院期間が一か月を超えたについては、同人の希望も反映したことが窺われるものの、安原医師は西山の希望のみによって入院を継続させたわけではなく、同人の傷害の程度などから入院継続の必要性があると判断して同人の希望を容れたことが認められるのであり、従って、入院継続について西山の希望が反映していることをもって、入院及び入院継続の必要性がなかったということはできない。

以上の次第で、本件公訴事実は関係証拠によって優にこれを認定することができ、田尻及び西山の各傷害の点について証明が不十分であるとして無罪を言い渡した原判決は事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和五六年一月二一日午後一一時三〇分ころ、大型貨物自動車を運転して広島県福山市内の神島町方面から大門町方面に向かって進行中、同市西町一丁目九番六号広島トヨペットマイカーセンター前道路において、信号待ちのため停止した田尻正男(当時三二歳)運転の普通貨物自動車に続いてその後方に自車を停止させ、次いで、自車を発進させて右側車線に進路を変更しようとしたが、このような場合、自動車運転者としては、前車との側方間隔を保って進行し、もって事故の発生を防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速約五キロメートルの速度で右転把しつつ進行した過失により、右普通貸物自動車の右側後部に自車左側を衝突させ、よって、田尻正男に加療約七九日間を要する急性頸部捻挫の、同車の同乗者西山健郎(当時三八歳)に入院加療一三三日間を要する頸椎捻挫の各傷害をそれぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い西山健郎に対する業務上過失傷害罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一五万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、原審及び当審における訴訟費用については刑訴法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 德松巖 裁判官 川﨑貞夫 仲家暢彦)

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